- 同じ道路でも感じ方が違うことを前提に、複数の立場から同時に評価する「ストリートデザインAI」が作られた。
- そのAIは道路の情報をもとに立場ごとに安全性や快適さを評価し、設計案の変更が誰に良くて誰に悪いかを示す。
- 実証では全員を満足させる解は出にくいことや、AIは正解を出すのではなく判断の材料を増やす役割だと分かってきた。
はじめに
自転車にやさしい街づくりは、環境や健康の観点から重要だと広く認識されています。
しかし「自転車にやさしい」と一言で言っても、その感じ方は人によって大きく異なります。同じ道路を見ても、「これなら安心して走れる」と感じる人もいれば、「とても怖くて使えない」と感じる人もいます。
この違いは、単なる好みや性格の問題ではありません。
むしろ、自転車に慣れているかどうか、交通への不安の強さ、身体感覚の違いなど、複数の要因が重なって生じる体験の差です。
今回紹介する研究は、こうした体験の違いそのものを、設計プロセスの中で可視化しようとした試みです。
研究は、メリーランド大学、アラバマ大学、フロリダ大学、カーネギーメロン大学などの研究者チームによって行われました。
研究チームは、自転車インフラ設計において「意見の違い」や「感じ方の衝突」を避けるのではなく、あえて前面に出し、設計判断の材料として使うAIシステムを開発しました。
同じ道路でも、感じ方はまったく違う
研究の出発点は、とてもシンプルな問いです。
同じ道路を見たとき、人は本当に同じように感じているのか、という問いです。
これまでの研究でも、自転車利用者は一様ではないことが示されてきました。
交通量が多くても気にせず走れる人もいれば、車との距離が近いだけで強い恐怖を感じる人もいます。
論文では、こうした違いを、いくつかの立場として整理しています。
自転車に非常に慣れており、速度や効率を重視する人。
日常的に自転車に乗るが、安全性と快適さのバランスを求める人。
自転車に興味はあるものの不安が強く、物理的な保護を必要とする人。
安全面の理由から、自転車利用を避けている人。
そして、自転車ではなく、自動車を運転する立場の人です。
重要なのは、どの立場が正しいかを決めることではありません。
同じ設計が、ある人にとっては改善でも、別の人にとっては悪化になる可能性があるという事実です。
ストリートデザインAIという考え方
研究チームが開発したのが、「ストリートデザインAI」と呼ばれる対話型システムです。
このシステムは、実在する道路の画像や地図情報をもとに、複数の立場から同時に評価を行います。
利用者はまず、実際の道路を指定します。
するとシステムは、道路の幅、車線構成、周囲の環境などの情報を取得し、それをもとに複数の立場がそれぞれ「安全性」「快適さ」などを評価します。
このシステムの特徴は、評価が一つの総合点にまとめられない点です。
それぞれの立場が、異なる理由で高く評価したり、低く評価したりします。
さらに、設計案を変更すると、その変更が誰にとって良くなり、誰にとって問題になるのかが再び示されます。
この作業を繰り返すことで、設計者は「最適解」を探すのではなく、「どの衝突を受け入れ、どこを優先するのか」を考えることになります。
研究で行われた検証
この仕組みの有効性を確かめるため、研究チームは、交通や都市設計に関わる二十六人の専門家を対象に検証を行いました。
参加者は、一般的な対話型AIを使う場合と、ストリートデザインAIを使う場合の両方で、同じような設計課題に取り組みました。
その結果、ストリートデザインAIを使った場合のほうが、
これまで意識していなかった利用者の立場に気づきやすくなること。
設計変更による影響を、立場ごとに理解しやすくなること。
「なぜこの設計を選んだのか」を説明する自信が高まること。
といった傾向が示されました。
特に重要なのは、「全員を満足させることは難しい」という現実が、よりはっきり意識されるようになった点です。
見えてきた、解決できない差
分析結果からは、ある重要な事実も浮かび上がっています。
設計を改善しても、すべての立場の評価が同時に大きく向上することは、ほとんどありませんでした。
たとえば、車との間に物理的な仕切りを設けることで、不安の強い立場の評価は大きく上がります。
一方で、自動車を運転する立場からは、「見えにくくなる」「動きにくくなる」といった懸念が生じます。
さらに、最も不安の強い立場の人たちは、一般的な改善では評価がほとんど変わらない場合もありました。
このことは、「どこまで整備すれば十分なのか」という問いに、単純な答えがないことを示しています。
この研究が投げかけているもの
この研究が伝えているのは、「AIが正解を出してくれる」という話ではありません。
むしろその逆で、正解が一つではないことを、はっきり示すための道具としてAIを使っています。
誰の安全を優先するのか。
どの不満を残し、どの改善を選ぶのか。
それらは、最終的には人が判断し、責任を負うべき問題です。
ストリートデザインAIは、その判断を代わりに行うのではなく、逃げずに考えるための材料を増やす役割を果たしています。
おわりに
街の設計は、図面や数値だけで完結するものではありません。
そこを通る一人ひとりの身体感覚や不安、期待が重なり合って、初めて「使われる空間」になります。
この研究は、設計の場からこぼれ落ちがちな声を、無理に平均化するのではなく、そのまま並べて見るという姿勢を示しています。
不一致や衝突を消すのではなく、理解し、選び取るために。
街は、誰にとって安全なのか。
その問いに、簡単な答えはありません。
だからこそ、問い続けるための仕組みが、いま求められているのかもしれません。
(出典:arXiv DOI: 10.48550/arXiv.2601.15671)

