「うまくいっている感覚」は、人を定着させるのか、動かすのか?

この記事の読みどころ
  • キャリア楽観性が高い人は、将来の成長を信じつつ転職活動にも前向きになりやすいことがある。
  • 主観的なキャリア成功を感じるほど、今の職場での成長を大事にしつつ外での選択肢も探すようになる。
  • 心理的安全性が高い職場では、楽観性は長く働く力になりやすく、低い職場では出口探しの資源になりやすい。

楽観的であるほど、人は辞めたくなるのか

――キャリアの前向きさが、定着と離職の両方を生む理由

私たちはふつう、「キャリアに前向きな人ほど、会社に長く残る」と考えがちです。
将来に希望をもち、自分の成長を信じている人は、仕事にも意欲的で、組織への愛着も強い。そう思われてきました。

ところが近年、この直感とは少し異なる現象が指摘されています。
キャリアに対して強い楽観性をもつ人ほど、仕事に前向きである一方で、同時に転職活動にも積極的になることがあるのです。

この一見すると矛盾した現象を、どのように理解すればよいのでしょうか。
今回紹介する研究は、この問いに対して、心理学的にかなり丁寧な答えを提示しています。

この研究は、中国のリャオチョン大学と北京情報科技大学の研究チームによって行われ、働く人の「キャリア楽観性」が、組織への定着転職行動の両方に影響する仕組みを明らかにしました。


キャリア楽観性とは何か

この研究で扱われている「キャリア楽観性」とは、単なる性格的な明るさではありません。
それは、「自分は将来、望ましいキャリアの結果を実現できるはずだ」という、仕事や人生に特化した前向きな期待のことです。

たとえば、

・将来の仕事は、今よりもっと良くなると思える
・努力すれば、自分の理想に近づけると信じている
・困難があっても、最終的には乗り越えられると考えている

こうした感覚を、研究ではキャリア楽観性として測定しています。

これまでの研究では、この特性はおおむね「良いもの」として扱われてきました。
仕事への主体性を高め、ストレスに強く、組織へのコミットメントも高めると考えられてきたのです。

しかし現実の職場では、楽観的で優秀な人ほど、早く職場を去ってしまうケースも少なくありません。
この研究は、まさにその「なぜ」に踏み込んでいます。


鍵になるのは「主観的キャリア成功」

研究チームが注目したのは、「主観的キャリア成功」という概念です。
これは、年収や昇進といった客観的な成果ではなく、

・自分は成長していると感じられるか
・今の仕事に意味や価値を見いだせているか
・自分の能力が活かされていると思えるか

といった、本人の内側での評価を指します。

研究の結果、キャリア楽観性が高い人ほど、この主観的キャリア成功を強く感じていることが分かりました。
将来に希望をもつ人は、現在の経験も「自分のキャリアにとって意味のあるもの」と解釈しやすいのです。

ここまでは、直感的にも理解しやすいでしょう。

問題は、この「主観的にうまくいっている感覚」が、その後どこへ向かうかです。


成功感は、なぜ転職行動を促すのか

研究では、主観的キャリア成功が高い人ほど、転職行動(仕事探し)にも積極的になることが示されました。

一見すると不思議ですが、心理的には筋が通っています。

自分の成長や価値を強く実感している人は、

・自分は市場で通用する
・もっと良い環境でもやっていける
・今の場所に限られる必要はない

と感じやすくなります。

つまり、成功感は「安心」だけでなく、「選択肢の広がり」も生むのです。
転職活動は、必ずしも「不満」から始まるとは限りません。
むしろ、「自分はどこまで行けるのか」を確かめる行動でもあります。

この研究は、主観的キャリア成功が、外に向かう探索行動を自然に後押しすることを示しています。


同時に、組織へのコミットメントも高まる

ここで重要なのは、転職行動が増えるからといって、組織への思いが弱まるわけではない点です。

研究結果では、主観的キャリア成功は、組織コミットメントも同時に高めていました

自分が成長できていると感じると、

・この組織のおかげで今の自分がある
・ここで努力してきた意味がある
・簡単に手放したくない

という感情も強くなります。

つまり、同じ「成功感」が、

・外では「もっと見てみたい」という気持ちを生み
・内では「ここにいたい」という気持ちも育てる

という、二方向の作用をもっているのです。

研究者たちは、この状態を、探索と定着が同時に進む状態として捉えています。


心理的安全性が、このバランスを崩す

では、なぜある職場では優秀な人が残り、別の職場では去ってしまうのでしょうか。
その分かれ目として、この研究が重視したのが「心理的安全性」です。

心理的安全性とは、

・意見を言っても否定されない
・失敗しても人格を否定されない
・立場や評価を失う不安が少ない

と感じられる職場の雰囲気を指します。

研究の結果、心理的安全性が低い職場では、主観的キャリア成功が高い人ほど、転職行動がより強くなることが分かりました。

つまり、

「自分はできる」
「でも、ここでは安心していられない」

と感じたとき、成功感は「逃げるための資源」になってしまうのです。

一方、心理的安全性が高い職場では、成功感が転職行動に結びつきにくくなっていました。
安心できる環境では、「外を見る力」はあっても、「今すぐ出ていく必要」は感じにくいからです。


楽観性は「諸刃の剣」ではない

この研究は、キャリア楽観性そのものが危険だとは結論づけていません。
むしろ重要なのは、その楽観性がどんな環境で育まれているかです。

心理的安全性のある職場では、楽観性は、

・成長
・貢献
・長期的な関係

へとつながりやすくなります。

一方で、安全性の低い職場では、同じ楽観性が、

・自己防衛
・脱出
・外部探索

へと向かいやすくなります。

問題は人ではなく、環境との組み合わせなのです。


何が示唆されているのか

この研究が私たちに示しているのは、とても静かな、しかし重要な事実です。

「前向きで優秀な人が辞める職場」には、
本人の問題ではなく、安心して力を出せない空気が存在している可能性がある。

そして、キャリアに希望をもつことと、組織に残ることは、必ずしも対立しない。
その両立を可能にする鍵が、心理的安全性なのだ、ということです。

人は、「未来を信じられる場所」に、長く留まります。
未来を信じられない場所では、未来を信じられる人ほど、静かに出口を探し始めるのかもしれません。

(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1706367

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