- AIの時代には「人間とは何か」がどう変わるかを考え、認知の共進化を重視している。
- 技術は単なる道具でなく、認知を変える存在として身体や環境と結びついて拡張されると述べられている。
- AIはすでに認知へ影響を与え、未来思考を通じて多様な未来を想像する力が求められる、という考え方が示されている。
AIの時代に、人間になるとはどういうことなのか
この研究は、スウェーデンのリンネウス大学(Linnaeus University)文化科学・考古学スクールと、南アフリカ共和国のヨハネスブルグ大学・パレオ・リサーチ・インスティテュートに所属する研究者によって行われました。
論文が扱っている中心的な問いは、AIの性能や危険性そのものではありません。
そうではなく、AIが人間の生活に深く入り込むこれからの時代において、「人間とは何か」という理解そのものが、どのように変化していくのかという問題です。
研究者は、人間とAIの関係を、単なる「道具を使う側」と「使われる側」という構図では捉えていません。
人間の認知が、AIとの関わりを通して、これからも変化し続けていく——その認知の共進化の過程に注目しています。
そして、次の問いが据えられます。
まだ誰も経験したことのないAIとの未来において、人々は何を理解できるようになっている必要があるのか。
人間の認知は、技術とともに形づくられてきた
この論文の前提には、人間の認知は「脳の中だけで完結するものではない」という考え方があります。
人類は、数百万年にわたって技術と関わりながら生き延びてきました。
約330万年前の石器の存在が示すように、人間の生存は、早い段階から技術と切り離せないものでした。
そのため、技術は人間の生活に「後から付け加えられた便利な要素」ではなく、人間らしさを構成する一部であったと論文は位置づけます。
研究では、身体・社会・環境・技術が相互に影響し合いながら、人間の考え方や世界の捉え方を形づくってきたことが強調されます。
考えること、感じること、行動することは、脳だけでなく、身体や道具、環境との関係の中で成立してきたのです。
技術は「使われるもの」ではなく、認知を変える存在である
論文では、技術を単なる受動的な道具として扱いません。
技術は、人間の認知に影響を与え、考え方や感じ方の枠組みそのものを変える存在だと説明されます。
その例として紹介されるのが、白杖を使う視覚障害者の事例です。
白杖は外部にある物体ですが、使い続けることで、手や腕と一体化し、周囲の空間を感じ取るための感覚器官の一部として機能します。
このように、人間の認知は、身体と道具、環境との相互作用の中で拡張されてきました。
論文は、この視点がAIとの関係を考えるうえでも重要だと述べています。
「石器時代の脳」という見方への疑問
現代社会の問題を説明する際、「人間は石器時代の脳を持ったまま現代に生きている」という表現が使われることがあります。
しかし、この研究は、その考え方に慎重な立場を取ります。
人類は、砂漠、寒冷地、高地など、極めて多様な環境に適応してきました。
その事実は、人間の認知が固定されたものではなく、変化に適応する能力そのものが進化してきたことを示しています。
論文では、認知考古学や遺伝学の研究をもとに、人間の脳構造や注意の仕方が比較的最近まで変化を続けてきた可能性を指摘します。
また、環境との相互作用によって遺伝子の働き方が変化する仕組みも紹介され、人間の認知が常に更新され続けてきたことが示されます。
AIはすでに人間の認知に影響を与え始めている
研究では、AIがすでに人間の認知に影響を与え始めている具体例が示されます。
発話能力を失った人がAIを介して再び意思を伝えられるようになる事例や、視覚障害のある人がAIによって新しい知覚の形を得る事例などです。
これらは、AIが人間の身体や感覚と結びつくことで、認知のあり方そのものが変化しうることを示しています。
さらに、人とAIの相互作用が、人間の判断、感情、社会的関係の形成に影響を与える可能性も論じられています。
AIは、単に作業を代行する存在ではなく、人間の考え方や理解の仕方にフィードバックを与える存在になりつつある、という見方です。
人間とAIは同じ認知を持つ存在になるのか
論文は、人間の脳とAIを単純に比較する考え方に注意を促します。
人間の認知は、身体的経験、感情、社会的関係、記憶の積み重ねと深く結びついています。
一方、AIは、極めて短い時間で膨大なデータを学習し、身体的制約や感情的経験を持たない環境で発達しています。
そのため、将来的に高度な能力を示すAIが現れたとしても、それは人間と同じ種類の認知とは限らないと論文は述べます。
人間には欠けている能力を持つ一方で、人間にとって基本的な能力を欠いた存在になる可能性もある、という指摘です。
拡張される認知という視点
研究では、人間とAIの関係を「拡張された認知」として捉える視点が示されます。
AIと協働することで、人間の記憶、判断、創造的な活動が拡張され、新しい能力が生まれる可能性があると述べられています。
その能力は、人間だけでも、AIだけでも実現できないものであり、関係性の中から生じるものだと位置づけられます。
ただし、それがどこまでを「認知」と呼ぶのかについては、まだ明確な答えはありません。
未来を理解するために、いま何が求められているのか
論文の終盤では、「未来思考」という考え方が重要だと述べられます。
それは、特定の未来を予測することではなく、複数の異なる未来を想像し、現在の前提や思い込みに気づく力を養うことです。
AIと人間の認知の共進化が進む未来では、いま当然だと考えている理解の枠組みが通用しなくなるかもしれません。
未来の人々は、私たちの現在を、自分たちの文脈に合わせて再解釈するでしょう。
だからこそ、この研究は問いを投げかけます。
変化する認知そのものを、私たちはどのように理解し続けることができるのか。
人間の認知は、これまでも技術とともに変化してきました。
AIとの関係も、その延長線上にある一つの局面なのかもしれません。
しかし、その意味づけをどう行うのかは、いまを生きる私たち自身に委ねられています。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1734048)

