妊娠中に「がん」と告げられたとき、心の中で何が起きているのか

この記事の読みどころ
  • 妊娠中にがんと診断された女性とパートナーを対象に、心の反応を長期間追う大規模な研究でした。
  • 妊娠している本人は子どもの健康や治療の影響への不安が大きく、前向きに意味づける一方で自分を責めるなどつらい対処も多く、パートナーとは反応の現れ方が違いました。
  • 医療のことだけでなく、心理的な支援を出産前から始めることの大切さが示されています。

妊娠は、それ自体が大きな人生の転機です。
身体の変化、将来への期待、不安、責任の実感。
多くの人にとって、それらが一度に押し寄せる時期でもあります。

もし、その最中に「がん」という診断を受けたとしたら、心の中では何が起きるのでしょうか。
そして、その出来事は、妊娠している本人だけでなく、パートナーの心にも、どのような影響を与えるのでしょうか。

この論文は、妊娠中にがんと診断された女性と、そのパートナーの心理的体験を、前向きに追跡した初めての大規模研究です。
これまで多くが振り返り調査に頼ってきた分野で、診断直後の「生の状態」に近い心の反応を捉えようとしています。


この研究が見ているもの

この研究は、オランダ、ベルギー、アメリカ、イタリアの複数の医療機関が参加する国際ネットワークの中で行われました。
対象となったのは、妊娠中にがんと診断された220人の女性と、189人のパートナーです。

参加者は、診断後まもなく、以下のような内容について質問紙に回答しました。

  • お腹の子どもの健康についての不安

  • 病気や治療そのものへの懸念

  • 出産や妊娠の継続に関する気持ち

  • 医療者から受けている説明やケアへの満足度

  • 困難な出来事にどう対処しているか(認知的コーピング)

ここで重要なのは、これらが診断や評価のためのテストではなく、本人たちの感じ方や考え方を記述的に捉えるための質問紙である点です。
「正常」「異常」と切り分けることは、この研究の目的ではありません。


妊娠している本人のほうが、より多くの「懸念」を抱えていた

結果として、まずはっきりと示されたのは、妊娠している本人のほうが、パートナーよりも多くの懸念を報告していたという点でした。

具体的には、

  • お腹の子どもの健康

  • がんそのものや治療の影響

  • 出産や妊娠経過に対する不安

これらすべての領域で、妊娠している本人のスコアが有意に高くなっていました。

一方で、医療者からの説明やケアに対する満足度は、本人とパートナーでほぼ同じでした。
情報提供の質そのものには、大きな差がなかったことが示されています。


それでも、妊娠を「続けたい」と強く思っていたのは誰か

興味深いのは、これほど多くの不安を抱えながらも、妊娠を継続したいという気持ちは、本人のほうがパートナーよりも強かったという点です。

がんの診断、治療の影響、将来の見通し。
それらを考えれば、迷いがあっても不思議ではありません。

それでもなお、妊娠している本人は、妊娠を続けたいという意志を、より強く示していました。
この結果は、過去の研究でも示唆されてきた傾向と一致していますが、今回の研究では、より直接的な形で確認されました。


対処のしかたは「強さ」と「脆さ」が同時に現れる

この研究では、困難な出来事にどう向き合うか、という認知的コーピングにも注目しています。

結果を見ると、妊娠している本人は、パートナーと比べて、

  • 前向きに意味づけ直す

  • 別のことに意識を向ける

といった適応的な対処を多く使っていました。

しかし同時に、

  • 自分を責める

  • 何度も同じ考えを反すうする

といった負担の大きい対処も、より多く用いていました。

つまり、ここには「前向きさ」と「つらさ」が同時に存在しています。
強くあろうとするほど、内側で消耗している側面もある、という構図が浮かび上がります。


年齢や診断時期も、心の反応に影響していた

研究では、年齢や妊娠週数と心理的反応の関係も検討されています。

  • 診断時の年齢が高いほど、特定の否定的な対処(他者への責任転嫁など)が増える傾向

  • 妊娠後期に診断された場合、前向きな意味づけが使われにくくなる一方で、破局的な考えが減る傾向

いずれも強い相関ではありませんが、人生経験や時間的制約が、心の整理のしかたに微妙な影響を与えている可能性が示されています。


パートナーの存在は「背景」に退いてしまっていないか

この研究を通して見えてくるのは、パートナーが「影響を受けていない存在」では決してない、という事実です。

ただし、その心理的負担は、本人とは異なる形で現れています。
不安が小さいというよりも、表現されにくい、測定されにくい位置にあると言ったほうが近いかもしれません。

論文では、パートナーが実務的・感情的な支えを担っている可能性にも触れられており、
今後は「本人だけでなく、二人の関係性全体」を視野に入れた支援の必要性が示唆されています。


心理的支援は「後から」ではなく「最初から」

著者らは結論として、妊娠中のがん診断においては、

  • 医学的治療だけでなく

  • 心理的支援を初期段階から組み込むこと

の重要性を強調しています。

それは「弱っている人を助ける」という発想ではなく、
極端に負荷の高い状況に置かれた人が、どうやって持ちこたえているのかを理解し、その力を支えることだと位置づけられています。


わからなくても、理由はある

この研究は、妊娠中にがんと診断された人たちが、特別に弱いわけでも、特別に強いわけでもないことを示しています。

不安が増えるのも、
前向きになろうとするのも、
迷いながら選択するのも、

すべてが、この状況では自然な反応です。

「なぜこんな気持ちになるのか」
「なぜ相手と感じ方が違うのか」

そこには、理由があります。
そして、その理由を丁寧に見ていくことが、支援の出発点になるのかもしれません。

この論文は、その最初の地図を、静かに示しているように見えます。

(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1696459

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