なぜ私たちは、AIを人のように感じるのか?

この記事の読みどころ
  • 人であることと行為の主体であることは別だけど、私たちはAIにも意図や考えを感じてしまう。
  • 心理学は、相手が本当に人かどうかよりも、動きや言葉から意図を推測することが人らしさのきっかけだと教える。
  • AIが自律的だと私たちの関与した感覚が弱まり責任の感じ方が変わることがあり、文化によって見え方も違う。

私たちは、なぜ機械に心を見てしまうのか

最近、私たちは奇妙な感覚を日常的に経験しています。スマートフォンに話しかけると返事が返り、ナビゲーションは先回りして進路を提案し、チャットボットは悩みに共感するような言葉を返してきます。頭では「これはAIだ」「心をもたない仕組みだ」と分かっていても、どこかで相手の存在を感じてしまう。その感覚は、多くの人にとって見覚えのあるものではないでしょうか。

中国の東南大学と深圳大学によるこの研究は、AIが本当に人なのか、心をもつのかという結論を出そうとするものではありません。そうではなく、「人はなぜAIに人らしさや行為の主体を感じてしまうのか」「そのとき、人自身の感覚や責任意識はどのように変わるのか」という、人の側の体験に焦点を当てています。


人であることと、行為の主体であること

研究はまず、「人であること(パーソンフッド)」と「行為の主体であること(エージェンシー)」という二つの考え方を整理します。哲学の伝統の中で、人であることは、自分を意識し、考え、判断し、責任を引き受ける存在であることと結びつけられてきました。一方で、行為の主体であることは、自分の意図に基づいて行動し、その結果に関わっているという性質を指します。

この二つは密接に結びついていますが、同一ではありません。ただ、私たちは日常生活の中で、誰かの行動に「意図」や「考え」を感じた瞬間、その相手を自然に人として扱います。この直感的な結びつきが、AIとの関係においても働いている可能性があります。


心理学は、人らしさをどう捉えてきたのか

心理学は長年にわたり、人がどのように他者に心や意思を読み取るのかを研究してきました。たとえば、単なる図形の動きであっても、人はそこに目的や感情を見出してしまいます。また、人は相手の行動を理解するために、「何を考えているのか」「何を望んでいるのか」と推測します。

こうした研究から分かってきたのは、人らしさの知覚は、相手が本当に人間かどうかとは必ずしも関係しないということです。言葉を使い、応答し、状況に応じて振る舞う存在は、それだけで私たちの心の仕組みに強く働きかけます。AIはまさに、その条件を満たす存在として設計されているのです。


AIは、私たちの「自分でやっている感覚」を揺るがす

研究チームが特に注目しているのは、AIに行為の主体性を感じることが、人自身の感覚に与える影響です。心理学の研究では、自分が行動の主体であると感じる感覚は、安心感や責任感と深く結びついていることが知られています。

しかし、AIが自律的に判断し、提案し、先回りして行動するようになると、人は「自分がやった」という感覚を弱めてしまうことがあります。実際には人が操作していても、AIの存在感が強まるほど、人は結果への関与を感じにくくなります。これは無力感や責任の曖昧さにつながる可能性があります。


責任は、誰のものになるのか

AIに人らしさや意思を感じることは、倫理的な問題も引き起こします。AIが判断した結果として問題が起きたとき、人は「AIが決めた」と考え、自分の責任を軽く感じてしまうことがあります。

一方で、将来AIがさらに高度化した場合、逆にAIを単なる道具として扱い続けることが正しいのかという問題も浮かび上がります。研究者たちは、AIが本当に人なのかを決めることよりも、人がどのように責任を引き受け、判断を手放しすぎないかが重要だと指摘しています。


文化によって異なる、AIの見え方

この研究は、AIへの感じ方が文化によって異なる可能性にも触れています。人を独立した個として捉える文化もあれば、関係の中で成り立つ存在として捉える文化もあります。その違いによって、AIを仲間や役割をもつ存在として受け入れやすいかどうかも変わってきます。

AIに人らしさを感じること自体を、単純な誤りとして切り捨てることはできません。それは、人の認知や文化に深く根ざした、自然な反応でもあるのです。


おわりに 答えよりも大切な問い

この研究が示しているのは、AIが人かどうかという結論ではありません。AIという存在が現れたことで、私たち自身が「人としてどう感じ、どう責任を引き受けてきたのか」が、改めて浮き彫りになっているという視点です。

AIに人らしさを感じてしまうのは、人が弱いからでも、騙されているからでもありません。それは、人が他者と関わり、意味を見出しながら生きてきた心の仕組みが、今も働いている結果なのかもしれません。

(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1717828

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