触れられる動詞ほど、私たちは速く読む

この記事の読みどころ
  • 動詞の意味は身体の経験と結びつくと考えられ、PPIという指標で「相互作用できる物の多さ」を測る試みが紹介されている。
  • PPIが高い動詞ほど語彙判断が速くなり、頻度や覚え方などを抑えても効果が残ることが結果として示された。
  • PPIはREやBOIと似た点があるが別の次元を測る指標で、動詞の意味は身体と周囲の対象との広い結びつきによって形づくられると結論づけられている。

触れられる動詞ほど、脳は速く読む

本稿は、アメリカ合衆国のサウスアラバマ大学(University of South Alabama)心理学部の研究として発表された短報をもとに、「動詞の意味はどれくらい身体的な経験に根ざしているのか」を扱います。

ことばの意味は、頭の中だけで完結しているのか

たとえば「落とす」という動詞を見た瞬間、私たちはただ文字を読んでいるだけのはずなのに、どこかで「手から物が離れる」「重力で下に行く」「床に当たるかもしれない」といった“動き”の感覚が立ち上がります。
一方で「編む」という動詞では、同じ動きでも、糸や棒針のような限られた道具、特有の指の動き、ある種のリズムが思い浮かびやすいかもしれません。

ここで出てくる問いはこうです。
動詞を理解するとき、私たちは“抽象的な辞書的意味”だけを呼び出しているのか。あるいは、身体の動きや物とのかかわりまで含めた経験が、理解の速さそのものに関わっているのか。

この研究は、その問いを「動詞の読みの速さ」で確かめようとします。

「名詞」ではよく調べられてきたが、「動詞」はまだ薄い

言語の意味をめぐる研究には、「意味が豊かな単語ほど、認識が速い」という積み重ねがあります。
意味の豊かさは、単語が持つ特徴の数(例:ナイフなら“取っ手がある”“鋭い”“切るために使う”など)、関連語の多さ、使われる文脈の広さなど、いろいろな指標で測られてきました。こうした指標は、主に**名詞(モノ)**でよく扱われてきた領域でした。

しかし、動詞はどうでしょう。
動詞は「動き」や「行為」を表すことが多く、もし意味が身体経験に根ざすなら、むしろ動詞のほうが“地に足のついた”情報を強く含むはずです。
その仮説に沿って、この研究は動詞のための新しい指標を提案します。

新しい指標「PPI」:その動詞は、何種類のモノと関われるか

研究者たちが作った指標は PPI(Potential Physical Interactions:潜在的な物理的相互作用) と呼ばれます。
考え方はシンプルです。

  • ある動詞が「物理的に相互作用できる対象(モノ)」は、どれくらい多いか

  • その「多さ」が、動詞の意味の広がり(=経験に根ざした豊かさ)を表しているのではないか

たとえば「落とす」は、コップでもリンゴでもボールでも、いろいろなモノに対して成立します。
一方で「編む」は、対象が比較的限られます。
この“相互作用できる対象の広さ”を、人に評定してもらい数値化したのがPPIです。

研究者たちは、PPIが高い動詞ほど、単語としての認識が速くなると予測しました。意味のネットワークが広く、感覚運動の経験ともつながりやすく、その活性化が文字の判断を後押しする、という見立てです。

研究の進め方:評定と反応時間の二段構え

PPI評定:学生が「1(少ない)〜7(多い)」で判断

まず研究者たちは、動詞(単音節100語、二音節98語)について、大学生にPPI評定を依頼しました。
「その動詞が相互作用できるモノのリストが、どれくらい多く思いつくか」を、1〜7で答えてもらいます。欠損が多い参加者は除外され、最終的に177人分が使われました。

語彙判断課題:それは“単語”か“でたらめ”か

次に別の参加者(最終的に40人)が、画面に出る文字列を見て「英単語か、そうでないか(でたらめ語か)」をできるだけ速く判断する課題を行います。
刺激は動詞196語(2語は手続き上の理由で除外)と、長さをそろえた疑似同音語の非単語196個でした。
研究者たちは反応時間を計測し、速すぎる・遅すぎる反応、正答率が極端に低い単語や参加者などを基準に除外し、最終的に分析に入る単語数は167語になりました。

ほかの要因を“抑えたうえで”PPIを見る

単語の速さには、頻度(よく出る語ほど速い)や、獲得年齢(早く覚えた語ほど速い)など、いろいろな要因が影響します。
そこで研究者たちは、頻度、獲得年齢、語長、具体性、近隣語の数、BOI(身体で扱いやすい対象かどうか)などを統制に入れつつ、PPIが独立して効くかどうかを統計モデルで確かめました。さらに「直前の試行で遅かったら次も遅くなりやすい」といった順序効果も入れています。

追試:別データベースの大規模反応時間でも再現するか

もう一段として、英語の大規模語彙反応時間データベース(英語語彙プロジェクトの反応時間)でも、同様の統制を入れた回帰分析でPPIの効果を確かめ、結果が再現するかを見ました。

結果:PPIが高い動詞ほど、判断が速い

結論は明快でした。
PPIが高い動詞ほど、語彙判断が速くなりました。

しかもこの効果は、頻度や獲得年齢など、古典的に強い影響を持つ要因を入れても残りました。
研究者たちは、参加者実験での分析でも、大規模データベースでの追試でも、PPIの促進効果が確認できたと報告しています。

ここで大事なのは、「単に具体的だから速い」といった単純な話に回収されていない点です。
研究では具体性なども統制に入れ、それでもPPIが効く形になっています。つまり、少なくともこのデータの範囲では、PPIは“別の成分”を持っている可能性が高い、ということになります。

それは何を意味するのか:「動詞の意味」は相互作用の幅でできている

研究者たちは、PPIを「動詞の意味表象の広さ」とみなします。
ある動詞が多様な対象と結びつけられるなら、その動詞は多くの場面にまたがって使われ、さまざまな知覚・運動のパターンを呼び起こしやすい。結果として、単語を見たときの意味の活性化が大きくなり、文字の判断(単語かどうか)にもフィードバックして速くなる、という筋書きです。

この見立てが面白いのは、動詞理解を「辞書の定義」だけでなく、“何と関われるか”という経験の網目として捉えているところです。
「落とす」の意味は、抽象的な“落下”という概念だけでなく、さまざまなモノ、さまざまな状況、さまざまな手の動きや注意の向け方と結びついている。だからこそ、読みの入り口でも反応が速くなる――研究者たちはそう解釈します。

似た指標との違い:RE、BOIとどう違うのか

この論文では、すでに提案されている関連指標との位置づけも議論されています。

  • RE(Relative Embodiment):その動詞がどれくらい身体感覚を強く呼び起こすか

  • BOI(Body-Object Interaction):対象物(名詞)が身体でどれくらい扱いやすいか

PPIは、これらと似た方向を向きつつも、焦点が違うとされます。
REは「身体の巻き込み」、PPIは「相互作用できる対象の広さ」、BOIは「モノ側の扱いやすさ」です。

論文中では例として、ある語はREが高いがPPIは低い、別の語はその逆、といった対照が示され、PPIは独自の次元を測っている可能性が述べられています。
つまり、動詞の“身体性”は一枚岩ではなく、少なくとも「身体にどれくらい関係するか」と「どれくらい多様な対象に適用できるか」は分けて考える余地がある、ということです。

この研究が残す問い:広いほど速い、は普遍なのか

結果は一貫していますが、同時に、次の問いも浮かびます。

  • PPIが高い動詞は、意味が「広い」ぶんだけ曖昧さも増えるのではないか
    それでも速いのはなぜか。広さが利点として働く条件は何か。

  • 語彙判断は「単語かどうか」を判断する課題で、意味理解の“すべて”ではない
    文章理解や、実際の行為の想起では、PPIは同じように働くのか。

  • 英語話者のデータで得られた指標だが、言語が違うとどうなるのか
    動詞が担う役割や、対象との結びつけ方は言語によって変わりうる。

論文が示すのは、少なくともこの範囲では、PPIという素朴で直感的な指標が、反応時間に現れるほどの説明力を持つ、という点です。
そしてそれは、「動詞の意味は、感覚運動の経験に根ざしている」という立場に、動詞側からの強い手がかりを与えます。

私たちの経験に引き寄せると:動詞は“関係の設計図”かもしれない

日常で私たちは、動詞を使って世界を切り分けます。
「落とす」「入れる」「出す」「置く」「送る」――こうした動詞は、対象が変わっても成り立ちます。経験のパターンが広く、状況に応じて柔らかく組み替えられる。
一方で「編む」「研ぐ」「縫う」のような動詞は、特定の道具や手順、身体の細かな運動と強く結びつくことが多い。

この研究のPPIは、その違いを「身体が世界とどうつながるか」という観点で測ろうとします。
動詞は単なるラベルではなく、**私たちが世界と結ぶ相互作用の“設計図”**でもある。そう考えると、動詞を読む速さにまで身体性がしみ出してくる、という結果にも納得がいきます。

そして少しだけ視点を広げるなら、これは「ことばは頭の中だけの記号ではない」という主張を、派手な比喩ではなく、地味な反応時間の差として示した研究でもあります。
読む、という小さな行為の中に、触れる、持つ、落とす、渡す、という世界との関係が折りたたまれている。その折りたたみの“厚み”が、PPIという形で見えてきたのだと思います。

(出典:Psychonomic Bulletin & Review DOI: 10.3758/s13423-025-02776-5

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