親のこころの状態は、子どもの「環境」まで変えているのか

この記事の読みどころ
  • 親のメンタルヘルスの困難は、家庭の経済・社会的条件と学校の環境にも影響が出やすいという傾向がある。
  • 家庭と学校の経済的な環境が重なると、子どもが使える資源や機会が制限され、発達の差が生まれやすくなる可能性がある。
  • 因果関係を断定せず、家庭・学校・地域の複数の環境を総合的に見るべきだと示唆している。

アメリカのデラウェア大学(University of Delaware)人間発達・家族科学部と教育学部の研究チームは、静かですが重い問いを立てました。

親のメンタルヘルスの不調は、子どもの「社会経済的な環境」にまで影響しているのではないか。

しかもそれは、家庭の中だけでなく、学校という外の世界にも広がっているのではないか。

この研究は、アメリカで行われている大規模な子ども追跡研究のデータを使って、その関連をていねいに調べました。


「社会経済的な環境」とは何か

子どもの社会経済的な環境というと、多くの人は「家庭の収入」を思い浮かべるかもしれません。

しかし、研究ではそれだけでは不十分だと考えました。

家庭の状況としては、

・親の学歴
・親の職業の安定さや社会的な位置
・世帯の収入

といった複数の要素を合わせて考えています。

さらに重要なのは、子どもは家だけで生きているわけではないという点です。

子どもは一日の多くを学校で過ごします。どのような地域の学校に通っているのか、そこにどのような経済状況の家庭の子どもが多いのかも、子どもの経験を形づくります。

そこで研究では、子どもの環境を

・家庭の環境
・学校の環境

の二つに分けて考えました。


親のメンタルヘルスと家庭の環境

まず家庭の環境についてです。

研究の結果、親にメンタルヘルスの困難がある場合、家庭の社会経済的な条件も厳しい傾向があることがわかりました。

たとえば、

・親の学歴が比較的低い
・職業の安定性や社会的地位が低い
・世帯収入が少ない

といった特徴が、より多く見られる傾向があったのです。

これは、「メンタルヘルスの問題があるから必ず収入が下がる」という意味ではありません。

しかし、親のこころの状態と、家庭の経済的・社会的な条件のあいだに、はっきりとしたつながりが見られたということです。


親のメンタルヘルスと学校の環境

さらに興味深いのは、学校の環境との関連です。

研究では、子どもが通っている学校について、

・経済的に困難な家庭の子どもがどのくらい多いか
・無償や減額の給食を受けている子どもがどのくらいいるか

といった情報を使って、学校の経済的な環境を測っています。

その結果、親にメンタルヘルスの困難がある場合、子どもが通う学校もまた、経済的に厳しい家庭の子どもが多い傾向が見られました。

つまり、親のこころの不調は、家庭の中だけでなく、子どもが毎日過ごす学校の環境とも関連していたのです。


見えにくい「環境の重なり」

ここで大切なのは、「重なり」です。

もし、

・家庭の経済的な条件が厳しい
・通っている学校も経済的に厳しい地域にある

という状況が同時に起きているとすれば、子どもが出会う機会や資源は限られていきます。

たとえば、

・使える教材や設備
・放課後の活動
・将来についての情報や進路の選択肢

などに差が生まれる可能性があります。

研究チームは、これを「目に見えにくい発達の不平等」として考えています。

親のこころの状態は、子どもの生活の土台そのものに影響しているかもしれないのです。


ただし、原因は一方向ではない

ここで重要な注意があります。

この研究は、ある時点のデータを使って関連を調べたものです。

そのため、

・親のメンタルヘルスが先に悪化したのか
・もともと経済的に厳しい環境があり、それがメンタルヘルスに影響したのか

は、この研究だけでは決められません。

実際、社会経済的な困難が強いストレスとなり、メンタルヘルスを悪化させることも知られています。

つまり、両者はお互いに影響しあう関係にある可能性が高いのです。


なぜこの視点が重要なのか

この研究の大きな意味は、「子どもの環境」を家庭だけで考えなかったことにあります。

子どもは、

家庭
学校
地域

といった複数の環境の中で育ちます。

親のこころの問題を考えるとき、それを「個人の問題」や「家庭内の問題」だけとしてとらえると、子どもが置かれている環境の全体像を見落としてしまうかもしれません。

子どもがどの学校に通い、どのような友人に囲まれ、どのような資源にアクセスできるのか。

それらもまた、静かに影響を受けている可能性があるのです。


私たちはどこを支えるべきか

もし親のメンタルヘルスの困難が、子どもの生活環境全体に関係しているのだとすれば。

支援はどこに向けるべきでしょうか。

家庭でしょうか。
学校でしょうか。
地域でしょうか。

おそらく、そのどれか一つでは足りないのかもしれません。

この研究は断定的な答えを出していません。

しかし、ひとつのことは示しています。

親のこころの状態は、目に見える収入だけでなく、子どもが生きる「環境の層」にも関わっている可能性がある。

子どもの格差を考えるとき、私たちはどこまで環境を見ているのか。

その問いが、静かに残されています。

(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1643927

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