- 若いラットと高齢ラットの双方で社会性は保たれるが、新しい相手への興味は高齢で弱くなり、個体差が大きい。
- 記憶力の衰えとは別に社会的新奇性の低下が起き、記憶と社会的好みの変化は独立している可能性が示された。
- 高齢ラットの中でも社会的内向型にだけ、経頭蓋磁気刺激が新しい相手への興味を増やす効果を示した。
人は年を重ねるにつれて、記憶力や判断力、感情の在り方が少しずつ変わっていきます。こうした変化については、これまで多くの研究が積み重ねられてきました。
一方で、「他人と関わろうとする気持ち」や「新しい人に興味をもつ力」が、年齢とともにどのように変化するのかについては、まだ十分に分かっていません。
社会とのつながりは、心身の健康や生活の質と深く結びついています。社会的孤立や孤独が、認知機能の低下や認知症リスクと関連することも報告されています。しかし、その背景にある脳や行動の仕組みは、はっきりしていません。
こうした問題に取り組むため、アメリカ国立老化研究所(National Institute on Aging)の行動神経科学研究室を中心とする研究チームは、ラットを用いた大規模な行動実験を行い、加齢が社会的認知にどのような影響を与えるのかを詳しく調べました。
社会的認知には、少なくとも二つの側面がある
研究チームは、社会的行動を次の二つの側面に分けて考えました。
ひとつは、
社会性(sociability)
――他の個体と関わろうとする基本的な傾向。
もうひとつは、
社会的新奇性選好(social novelty preference)
――見慣れた相手よりも、新しい相手に興味を示すかどうか。
どちらも「社会的な行動」に関わりますが、同じ仕組みで成り立っているとは限りません。
若いラットと高齢ラット、合計169匹を調査
研究では、
・若いラット(生後6か月)
・高齢ラット(24〜25か月)
合計169匹のオスのロングエバンスラットが用いられました。
すべてのラットはまず、水迷路課題と呼ばれるテストを受け、海馬に依存する空間記憶能力が測定されました。
その後、三つの部屋からなる装置を使った三チャンバー社会性テストが行われました。
このテストは、ラットがどこにどれくらい長く滞在するかを測定することで、社会的な好みを評価します。
高齢になっても「他者と関わりたい気持ち」は保たれていた
最初に調べられたのは社会性です。
若いラットも高齢ラットも、空の箱よりも、他のラットが入った箱の近くで長く過ごしました。
これは、年をとっても他者に近づこうとする基本的な動機は保たれていることを意味します。
加齢によって、人付き合いそのものを避けるようになるわけではない可能性が示されました。
変化していたのは「新しい相手」への興味
次に調べられた社会的新奇性では、はっきりした違いが見られました。
若いラットは、
見慣れた相手よりも、新しい相手を好んで探索しました。
一方で高齢ラットでは、集団全体として新しい相手を好む傾向が弱くなっていました。
さらに重要なのは、高齢ラットの中で個体差が非常に大きかったことです。
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若いラットと同じように新しい相手を好む個体
-
どちらにも同程度の興味を示す個体
-
そして、見慣れた相手を好む個体
が混在していました。
この「なじみの相手を好むタイプ」は、若いラットではほとんど見られませんでした。
記憶力の低下が原因ではなかった
社会的新奇性の低下は、
「記憶が衰えたため、新しい相手を区別できないのではないか」
とも考えられます。
しかし、水迷路テストの成績と社会行動を比較した結果、
-
空間記憶の良し悪し
-
社会性
-
社会的新奇性
の間に関連は見られませんでした。
つまり、記憶の老化と社会的好みの変化は独立した現象である可能性が示されました。
不安や運動能力、嗅覚の問題でも説明できない
高齢ラットでは、移動量がやや少ないなどの加齢変化も見られました。
しかし、
-
不安傾向をまとめた指標
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移動距離
-
匂いの識別能力
と社会的新奇性との間にも関連はありませんでした。
そのため、体の衰えや感覚の低下が、なじみを好む傾向を生んでいるわけではないと考えられます。
高齢ラットには二つの社会的タイプがある
研究チームは、高齢ラットを社会的新奇性の指標にもとづいて次の二群に分けました。
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社会的外向型:新しい相手を好む
-
社会的内向型:新しい相手を好まず、なじみの相手を好む、または無関心
この分類は、実際の行動データにもとづいて行われています。
脳刺激が効果を示したのは「社会的内向型」だけ
別の実験では、経頭蓋磁気刺激(TMS)という非侵襲的な脳刺激が行われました。
結果は興味深いものでした。
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若いラット:変化なし
-
高齢ラット全体:変化なし
-
しかし、社会的内向型の高齢ラットのみ、新しい相手への興味が増加
しました。
これは、社会的新奇性の低下が、修正可能な脳ネットワーク状態を反映している可能性を示します。
社会的認知も「独自の老化」をする
この研究は、次のような考え方を支持します。
-
記憶の老化
-
社会的認知の老化
は、同じ速度・同じ仕組みで進むわけではない。
社会的認知には、前頭前野、帯状皮質、海馬、扁桃体、線条体などからなる社会的意思決定ネットワークが関わると考えられています。
高齢期に見られる「なじみを好む傾向」は、このネットワークの働き方が変化することで生じている可能性があります。
結論を閉じないために
年を重ねると、人は必ずしも「人嫌い」になるわけではありません。
むしろ、
新しい出会いよりも、安心できる関係を選びやすくなる。
その変化は、衰えというよりも、社会的こころの質的な変化なのかもしれません。
この研究は、社会的認知にも「老化のかたち」があり、それは記憶とは異なる道筋をたどる可能性があることを示しています。
人が年を重ねていくとき、社会との関わりはどう変わり、どう支えられるのか。
その問いは、まだ静かに開かれたままです。
(出典:eNeuro DOI: 10.1523/ENEURO.0422-25.2025)

