体の動きが遅くなる前に、頭では何が起きているのか

この記事の読みどころ
  • 50歳から89歳の267人を対象に、認知機能と身体機能を分けて年齢と関係を調べた研究です。
  • 注意・実行機能と移動動作、記憶と握力など、頭と体のつながりを多角的に分析しました。
  • 年齢が高いほど多くの認知課題と動作が遅くなる一方、頭と体の変化は部分ごとに結びついている可能性が示されています。

頭の変化と体の変化は、同時に起きているのか

年齢を重ねると、考えるスピードが落ちたり、体の動きがゆっくりになったりすることがあります。こうした変化は、多くの人が日常の中で感じるものですが、頭の働きと体の動きが「どの部分で」「どのように」結びついているのかは、これまで一括りに語られることが少なくありませんでした。

この研究は、中年期から高齢期にかけての人を対象に、認知機能と身体機能を細かく分け、それぞれが一対一でどのように関連しているのかを調べています。病気による影響ではなく、加齢に伴う変化そのものに焦点を当てている点が特徴です。

調査に参加した人たち

研究に参加したのは、50歳から89歳までの男女267人です。いずれも神経心理検査において明確な認知障害は認められておらず、軽度認知障害や認知症の診断も受けていませんでした。

このように、日常生活に大きな支障はないものの、年齢に伴う変化が少しずつ現れ始める層を対象とすることで、認知機能と身体機能の「微妙な結びつき」を捉えることが目的とされました。

どのような頭の働きが調べられたのか

認知機能については、記憶、言語、注意や実行機能、作業記憶といった複数の側面が測定されました。

記憶については、言葉のリストを覚えて思い出す課題が用いられ、すぐに思い出せる力と、時間をおいてから思い出せる力の両方が評価されました。
言語機能では、物の名前を正確に言えるかどうかや、特定の条件に従って言葉を素早くたくさん出せるかどうかが調べられました。
注意や実行機能については、数字や文字を決まった順番で素早く結んでいく課題が用いられ、情報処理の速さや柔軟な思考力が測定されました。
さらに、作業記憶として、目で見た情報を一時的に保持しながら処理する力も評価されています。

体の動きは、どのように測られたのか

身体機能の評価では、立ち上がり、歩行、方向転換、再び座るまでの一連の動作にかかる時間を測る課題が用いられました。この課題では、全体の所要時間だけでなく、「立ち上がる動作」「方向転換」「座る動作」といった細かな段階ごとの時間も記録されています。

加えて、握力の強さや、日常生活の中でどれくらい体を動かしているかといった指標も測定されました。これにより、動作の複雑さや身体の力、活動量と認知機能との関係が多角的に検討されています。

年齢による全体的な違い

分析の結果、中年期の人に比べて高齢の人は、ほぼすべての認知課題で成績が低く、体の動作にも時間がかかる傾向があることが確認されました。特に、注意や実行機能、記憶といった認知機能と、立ち上がりや座る動作を含む移動動作に、年齢差がはっきりと現れていました。

一方で、方向転換にかかる時間や握力、自己申告による身体活動量には、年齢による明確な差が見られない項目もありました。

性別による違いはどこにあったのか

性別による違いは限定的でした。言葉を覚えて思い出す課題では女性の成績が高く、握力では男性が強いという差が見られましたが、それ以外の多くの認知課題や動作の指標では、大きな性差は確認されませんでした。

特に強く結びついていた「頭」と「体」

年齢や性別の影響を取り除いたうえで分析すると、いくつかの特徴的な関連が浮かび上がりました。

まず、注意や実行機能が低下している人ほど、立ち上がりや座る動作、全体の移動動作に時間がかかる傾向がありました。考えを切り替えたり、動作を計画したりする力が、こうした複雑な動きに関わっていることが示されています。

次に、言葉を思い出す力と方向転換の動作との間にも関連が見られました。方向を変えるという動作には、空間の把握や記憶の働きが関係している可能性が示唆されています。

さらに、作業記憶が高い人ほど握力が強いという関連も確認されました。単純な力の強さであっても、脳の処理能力と無関係ではないことが示されています。

言語機能の中でも違いがあった点

言語機能すべてが身体機能と結びついていたわけではありません。物の名前を言う課題や意味的な言葉の流暢さは、体の動きと明確な関連を示しませんでした。

一方で、音の条件に従って言葉を出す課題は、移動動作の速さと関係していました。この課題は、単なる言語能力というより、注意の制御や抑制といった実行機能の要素が強いとされています。

動きの変化は、頭の変化のサインなのか

この研究は、病気と診断されていない段階でも、認知機能と身体機能の間に特定の結びつきが存在することを示しています。特に、立ち上がりや方向転換といった日常的な動作には、注意や記憶、実行機能が深く関わっていることが明らかになりました。

この研究が示す静かな示唆

本研究は横断的なものであり、将来の変化を予測するものではありません。ただし、日常の動作のわずかな変化が、認知機能の変化と並行して起きている可能性を示しています。

頭と体は別々に衰えていくのではなく、部分ごとに、異なるかたちで結びつきながら変化していく。その構造を丁寧に分解して示した点に、この研究の意義があります。

(出典:Brain Sciences


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