- 18〜60歳の健康な人が、約20℃、約5℃、約−10℃の3条件で15分ずつ滞在し、認知機能の課題を行いました。
- 体の芯は冷えていなくても、−10℃では注意力・反応の速さ・判断の仕方が変わることが見られました。
- 寒さは脳の注意を奪う刺激になり得るとして、環境を整える工夫が認知機能を守るのに役立つと示唆されています。
この研究は、イタリアのEurac Researchなどのヨーロッパの研究機関によって行われ、寒さが人の認知機能に与える影響を実験室で検証しています。
寒さは「体」より先に「思考」に影響するのか
寒い場所にいると、体がこわばったり、指先の感覚が鈍くなったりします。
私たちはこうした変化を「体の問題」として捉えがちです。
しかし本当にそうでしょうか。
寒さは、体の芯が冷える前から、すでに考える力に影響を与えている可能性があります。
この研究が注目したのは、わずか15分間という短い寒冷環境への滞在が、人の注意、反応の速さ、判断のしかたをどのように変えるのか、という点です。
どんな実験を行ったのか
参加したのは18〜60歳の健康な成人です。
同じ参加者が、次の3つの温度条件をそれぞれ体験しました。
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約20℃(比較的快適な温度)
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約5℃(肌寒い)
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約−10℃(かなり寒い)
それぞれの温度環境に15分間滞在した後、認知機能を測るいくつかの課題に取り組みました。
順番はランダムに入れ替えられ、慣れや順序の影響が出にくいように工夫されています。
同時に、体の状態も測定されました。
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体の深部の温度
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皮膚の温度
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心拍数
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寒さやストレス、快適さの主観評価
−10℃で起きた小さな変化
最も寒い−10℃の条件で、いくつかの変化が見られました。
注意が続きにくくなる
反応課題では、刺激に対する反応が全体的に遅くなり、反応が大きく遅れる回数も増えました。
これは、完全に集中できなくなるというより、
ときどき注意が抜ける状態が増えたと考えられます。
処理のスピードが落ちる
記号と数字を対応させるような作業課題では、正しく答えられてはいるものの、反応までにかかる時間が長くなりました。
ミスが増えたというより、
正しく行うが、少し時間がかかるという変化です。
リスクを取りにくくなる
風船を膨らませて報酬を増やすタイプの課題では、−10℃のときに、風船を膨らませる回数が少なくなりました。
つまり、寒い環境では、
より慎重な判断をする方向に傾いた可能性があります。
体の芯は冷えていなかった
重要なのはここです。
15分間の寒冷暴露では、体の深部温度はほとんど変化していませんでした。
皮膚温にも大きな低下は見られません。
それにもかかわらず、注意や反応、判断には変化が出ています。
これは、体が本格的に冷える前から、脳の働きが影響を受けている可能性を示しています。
寒さは「気が散る刺激」になる
研究者たちは、この結果を次のように解釈しています。
寒さそのものが不快な刺激となり、
その感覚に注意が割かれることで、認知資源が分散される。
つまり、寒さは脳をシャープにするというより、
注意を奪う要因として働く可能性が高い、という考え方です。
日常生活への示唆
この研究は、極端な寒冷地だけの話ではありません。
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冬の屋外作業
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早朝や夜間の冷えた環境
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冷房が強い室内
こうした場面でも、短時間であっても、注意力や判断力がわずかに低下している可能性があります。
小さな変化であっても、
運転、機械操作、登山、スポーツなどでは、安全性に影響するかもしれません。
「気合い」の問題ではない
寒い中で集中できないと、
「自分が弱いだけ」「気合いが足りない」と感じてしまう人もいるかもしれません。
しかし、この研究は、
それが生理的・認知的に自然な反応であることを示しています。
寒さの中でパフォーマンスが落ちるのは、意志の問題ではなく、
人間の脳の性質によるものです。
環境を整えるという支援
防寒着を着る。
手袋をする。
休憩を挟む。
暖かい場所に戻る。
こうした単純な工夫は、体を守るだけでなく、
考える力を守ることにもつながります。
この研究は、
「人の能力」は個人の中だけにあるのではなく、
環境との関係の中で形づくられるということを静かに示しています。
寒さの中でうまくいかないとき、
まず疑うべきなのは、自分ではなく、
その場の環境なのかもしれません。
(出典:scientific reports DOI: 10.1038/s41598-026-38048-y)

